「………何これ」



随時弄られ、玖駕乃深稜は思った。



「あ、みりょたん来たぞーおかえりー!」


…今日は、ろくな日にならねぇ。






*・*・*





「…で、何だこれは?ていうかなんでお前がいるんだよ」


玖駕乃深稜はとりあえず、今の状況を確認していた。
本日は、神代威巫斗に誘いを受け、ここ、威巫斗宅に来た。

最近はこの家に当たり前のように入り浸ることも多く、特に不信感は感じていなかった。
今日もこの家に入れば、ぼけぼけとした威巫斗と、無駄に騒がしい瑯が迎えるだけだと、そう思っていた。

が、しかし、本日の様子は違う。
「みりょたん」というあだ名で迎えたのは、氏原晋作。
通称、威巫斗の兄である。

その晋作は今、炬燵でまったりトランプをしていた。
ちなみに隣で相手をしているのは、深稜同じく、いやそれ以上に威巫斗宅に
入り浸っている熾津瑯である。


「何でって、威巫斗に招待されたからさ!そりゃもう行くしかないだろ…!?」
「………;」
深稜は思った。『やっぱ兄バカだこの人』。
晋作の顔は、実に生き生きとしていた。


「今日はねーみんなでお鍋なんだってvv」
「あ?…鍋?」
会話に入ってきたのは「揃った〜v」の声と共に、トランプを手元から二枚落とす瑯である。

「威巫斗が主催で鍋してくれるんだって。もうほんと、兄は嬉しいぞ…!!」
やはり晋作は実に生き生きとしていた。
と、言うしかない。



「…あー…それは解ったけど、何?氏原と俺らで鍋すんの?」
言いながら、とりあえず靴を脱ぐ深稜。
「いや?九一も一緒に来たぞ?」
対し、晋作は答えながら瑯からカードを引き、一瞬顔が引きつった。

「白石先輩?…いねえじゃん。」
深稜はあたりをぐるりと見回す。キッチンにも目をやったが、そこには見覚えのある
威巫斗の小さな背中が見えるだけ。
威巫斗はすでに下準備を始めているようだった。



「今ね、九一さんはお買い物中だよ〜」
「…なんで客人がパシリなんだよ…?;」
瑯の発言に、深稜は眉間に皺を寄せる。

「んーと、最初はいふいふが行くっていってたんだけどー、晋君が、一人じゃ危ないから、って言って止めてー、
で、九一さんが、ここまで来る間に安いお店見かけたから行って来る、って言ってー、行くことにな…」
「あー、うん、何となく解った。うん、解ったから。」

何故か現場がリアルに想像できた深稜は、自らの発言で瑯の言葉を静止させる。
とりあえず彼が強く理解したのは、今更ながら晋作が威巫斗に対し過保護であるということと、
九一がまるで主婦のようだ。ということだ。




「……ぅ?あれ…?深稜、来てた、の…?」
ようやく声に気付いたらしく、キッチンから居間に現れたのは、ここの家主、神代威巫斗だ。

「あ、あぁ、おう。えーと、白石先輩が買い物に出てるんだって?」
「あ、う、うん…っ、行って、もらっちゃ、った…や、やっぱり、悪かった、かな…」
威巫斗は、そこから出て行ったであろう玄関を見つめる。

「いや、それは…」
おまえじゃなくて、周りの問題じゃ…と思ったが、言うのは止めておいたようだ。

「あれー?でももうすぐ帰ってくるんじゃない??っと、あっがり〜♪」
「Σあー負けた…!!…うん、そろそろ帰ってくると思うけど…」
よし、もう一勝負、といいながら晋作はカードを切り始める。








その時。
ガチャリ。



「いふちゃーんっ!!」
突然ばたんっと音をたてて、扉が開いた。
同時に、勢いよく、一人の少女が入ってくる。

「はわ…っさ、冴ねえ…っΣわ…っ///」
威巫斗が少女に目を向けた時には、その両手にがっしとだきゅられていた。
犯人は冴木菘。ハート乱舞でだきゅっている。
対し威巫斗は真っ赤になり、顔から湯気を出していた。


「招待してくれてありがとうなんだよーvv」
「おーい菘、威巫斗絞め殺されそうだぞ?それ…;」
「ただいまー、そこでばったり二人に会って…」

菘のだきゅ続行中の後ろから現れたのは、神月時雨、続けて、買い物袋を下げた白石九一である。

「あ、九一おかえりー、あと菘としぐりんはこんばんはー、二人も招待されてたんだな」
トランプ片手に、晋作は顔を上げた。



「Σふえっ!?ご、ごめんねいふちゃん…!だいじょうぶー??
そしてさっくーはこんばんはなんですよーっ!」
時雨の言葉に気付いた菘はぱっと手を離し、晋作の挨拶にも嬉しそうに返す。
威巫斗は、若干ふらふらしながら「だいじょうぶだよ〜」と力なく微笑んだ。

「大丈夫か?威巫斗;あと、招待してくれてありがとな?」
「威巫斗君、これで良かったかな?」

突然の人の増加におろおろしつつも、威巫斗は時雨と九一に、挨拶と、お礼を述べた。
後ろでは、再度威巫斗に謝ったあと、「こんばんはですよー!」と瑯にも挨拶をしに行く
菘の姿。

その後カードが再び集められ、切られていく。どうやら菘もトランプに混ざるらしい。





「よし、じゃあ、料理再開しようか?」
言いながら九一は、行く前に置いていったのだろう、部屋の隅に置いてあったエプロンを身につける。
「うん…っ」
威巫斗も、それを聞き、九一と共にキッチンへ向かった。



「あ、私も手伝うよー!」
「Σえっ菘がやるなら僕がやるぞ」
会話を聞いていた菘が炬燵から手を挙げそう言うが、すぐに続けて晋作の言葉が入る。
ついでに言うと、その隣にいる瑯には全くやる気が見えない。




すると威巫斗がキッチンの方の柱からひょっこり顔を見せる。
「あ、えと…ありがとー…で、でも、大丈夫、だから、待っててー…」
そう言い、へらりと笑ってみせる。

そもそも、今回の鍋は、主催である威巫斗が一人で作り、振舞うつもりだったのだが、
手伝う、と九一が名乗り出た為、迷った末に二人で料理する、ということになったのだ。
この時、当たり前かのように晋作も名乗り出たが、やんわりと九一に制止されていた。



「うー…でもいふちゃんがそう言うんなら待ってるんですよー…」
「そうだな、…威巫斗ー!手伝い必要なら呼ぶんだぞー!兄がすぐに行くからなー!」

二人の言葉に、礼を述べ、再びキッチンへと姿を消す威巫斗。
居間ではいつの間にか、瑯に引っ張られて炬燵に入る時雨と、
菘、晋作、瑯がトランプを囲んでいた。

キッチンには威巫斗と九一。
つまり、忘れられているのは、弄られ王子(?)、深稜である。


「………」
すっかり忘れられた深稜は、未だ居間の手前の玄関付近にいた。
とりあえず時間も遅くなってきたし、勝手を知っている深稜が、
威巫斗宅のドアの鍵を閉めようと、その扉に手を伸ばしたその時。






バッタアァァンッ!!!





「いふくーんっ!!遅くなってごめんねーっ!!」
「Σぶはぁっ!!??」

図ったかどうかは解らないが、とりあえずものすごくいいタイミングで
入ってきたのは、同じく威巫斗に招待をされていた七儀唯冬である。



「ふぇ…?…あっ七にい…いらっしゃい…っ」
勢いの良い登場に、さすがに気付いた威巫斗はひょっこりと顔を覗かせて挨拶をする。
他の面々も、見知った顔ばかりで、それぞれ挨拶を交わす。
が、横で何かが潰れていた。それはもう芸術的に。


「…あ、あの…扉から、手を離しては、頂けないデショウ、カ…??;;」
「…え?あー深稜クン!こんばんはだよー!」

挨拶を交わしながらも扉の取っ手を未だ持ったままだった唯冬は、
ようやく手を離すと、見事に潰れた深稜の方を向き、にっこりと微笑んだ。
…図ったかどうかは、本当に定かではないが。が。



ようやく挟まれていた扉から開放された深稜は、静かに片手でその顔を抑え、
何やら色々なものに耐えていた。
唯冬はごめんねー、と謝っている。が、その顔は相変わらず笑顔。
対し深稜は、「…ダイジョウブデス」とカタコトで答え、当初の目的だった施錠を行った。

その様子を見ていた面々は、
「おー、みりょたん見事な潰れっぷりだなー」
「あはははっさすがみりょたんだね☆ていうか唯冬さんグッジョブ?」
「今みんなでトランプしてるんですよーっ」
「……頑張れ、深稜」
と、それぞれマイペースな会話が繰り広げられていたことを深稜は知らない。


「あ、あわ…あれ、深稜……?;」
「大丈夫だよ威巫斗君。だって深稜君だから。」
キッチンの二人も同じく。九一に至っては美しく微笑んでいた。





ここで唯冬はキッチンに目を向ける。
「あ、おいしそうな匂いがしてきてるね〜っ」
料理は順調に進んでいるようで、確かにいい香りがしてきていた。
「僕も手伝うよー!」
「え…っちょ、七儀先輩…その手に持ってるのは…」
聞いた深稜の顔は微妙に青ざめていた。


「え?お肉?」
「Σちょ、何か見たこと無い肉持ってるよこの人ー!!」
唯冬は何かを握った片手をひょいっと上げ、深稜に見せる。
確かに何かの肉のようではあるが、深稜が言うように、見たこともないような異形なものだった。

「えーでも食べられるよ?きっと」
唯冬は実にいい笑顔を浮かべた。
「Σ駄目ですからね!?それ入れちゃ駄目ですからね!?」
深稜は、その肉を顔に近づけられ、引きながら必死にそう言った。


「よかったなーみりょたん!それ一人で食べていいって!」
「よかったねーみりょくん!」
炬燵で相変わらずトランプをしているカップルコンビは、こちらもいい笑顔で
深稜を見ていた。傍から見たら実に平和な光景であるが、言っていることは何気に酷い。


「Σちょっ何で俺一人で食うみたいな話になってんだよ!?;;」
「…うん、頑張れ、深稜。」
いいリアクションを見せる深稜に、時雨は哀れな目を向けた。
が、油断は禁物である。
「しぐしぐ先輩もいっぱい食べていいよー?」
あはは、と可愛い笑顔を浮かべて言うのは瑯だ。
「Σえ、えぇ!?;」
時雨は今日一番の嫌な顔を浮かべた。油断大敵。この一言に尽きる。




「と、まあ半分冗談は置いといてー」
「Σ半分本気!?」
深稜の反応を無視し、唯冬はキッチンに目をやりながら言葉を続ける。
「僕手伝おうかー?」

「あ、う、ううん…っえと、もうちょっとで、出来る、から…ありがとー…」
「ああ、じゃあお皿並べてもらったらどうかな?」
威巫斗の返答に、九一の助言。
唯冬は「おっけー♪」と答えると、いそいそとキッチンへ入っていった。

居間では新たにカードが配られ、次のゲームを始めるようで。

余裕を見せる晋作、瑯に、真剣な顔つきでカードと睨めっこをする菘、
心なしか疲れた顔の時雨、それから結局混ぜられた深稜が居た。

平和な時はゆっくりと、穏やかに流れて行った。








*・*・*





「おまたせ、しました…っ」



しばらくして、威巫斗が大きな鍋を抱えてキッチンから出てきた。

「うわ、大丈夫か?;」
若干ふらつく威巫斗を見、一番近くにいた時雨が鍋を受け取り、テーブルに置く。
横では「わーいお鍋!」とはしゃぐ菘、瑯と、トランプを片付ける晋作。

「ありがとー…」とへらりと笑いながら礼を言う威巫斗の後ろから、
もう一つの鍋を抱えた九一が歩いてくる。
それ、もうちょっと奥に置いてもらえる?と指示を出しながら、鍋を下ろす。
二つの大きめな鍋は、育ち盛りな合計八人を前にしても、十分なものだった。

席に着き始める威巫斗、九一の後から、サラダを抱えた唯冬が出てくる。
なんだかんだで料理の手伝いをしていたらしい。




「これも置けるかなー?」
「あ、えと、じゃあ、そこに…っ」
唯冬の言葉に、見つけたスペースを指差す威巫斗。
そしてようやく全員が席に着いた。

頂き物だという、威巫斗宅の大きな炬燵は、
流石に八人では多少窮屈だったが、鍋を前に、そんなことは気にならなかった。
何より、気心知れたメンバーが多い中で、それも楽しんでいるように思える。




「それじゃあ、みんな、お皿とお箸は行き渡ったかな?」
「はーい!」
九一の言葉に、それぞれ元気な反応や、頷きを見せる。
「それじゃあ、威巫斗君が。」
九一はにこりと、威巫斗に微笑んだ。
気付いた威巫斗は、あわあわと動揺を見せたが、優しい皆の視線にかしこまる。


「え、えっと…今日は、来てくれて、ありがとう…っ
…えと、……いただき、ます…っ///」



『いただきまーす!』




楽しい鍋パーティが始まった。









*・*・*





お腹を空かせた八人は、それぞれ思い思いに鍋をつついていた。
鍋の減りは早く、料理の成功を知らせている。


「んーっうちの鍋とはまた違うけどうまいなこれー!」
「うちとも違うけど美味しいんですよーv」
「威巫斗君の意見を参考に作ったからね。僕も調理に加わっていて何だけど、美味しいと思うよ。」

晋作、菘、九一は鍋を絶賛。瑯は明らかに偏った取り分けをしているものの、
箸は止まらない。時雨、深稜もマイペースながら、黙々と鍋をつついていた。
その横では、「いふくん天才ー!」とこちらもハート乱舞で威巫斗をだきゅりにかかる
唯冬の姿があった。威巫斗は急な出来事に奇声を上げながら真っ赤になっている。




そして鍋も大方減ってきた時、ふと瑯が立ち上がる。





「ふえ?瑯君どうしたのー?」
菘が箸片手に瑯を見上げる。



「ここで僕の計画を発動したいと思いまーす!」
とりあえず元気に片手を挙げ、そう言う瑯。
勢い良く、彼のポニーテールも揺れていた。

それを見てあからさまに嫌な顔をする深稜、時雨をよそに、
威巫斗、菘は?マークを浮かべ、九一は、どうなるのか、と目線を向けていたが
手は変わらず黙々と鍋に伸びていた。
唯冬に至っては、わくわくと興味の目を向けている。





「ザ☆闇鍋パーティー!!」

ピースにウインクで悪魔で可愛く言い放った瑯に、
全員のそれぞれの視線が刺さっていた。
そしてしばし、無言の時間が流れる。




「………Σって何言ってんだおまえー!?ちょ、止めとけ、
お前が言い出すってことがすでに危ないからー!!」
相変わらずいいリアクションでとりあえずつっこむのは深稜。
彼は身の危険を感じていた。

「えっ闇鍋ー?楽しそうーv」
きらきらとした目で乗り気なのは唯冬である。
横の威巫斗も、同じくぱあぁ、という笑顔で瑯を見ていた。

「えー闇鍋するなら家から色々持ってきたのになー?」
「…え、みんなやる方向になってんのか?」
もぐもぐと食しながらやるなら徹底的に、という晋作に、怪訝な顔をする時雨。
彼も深稜同じく身の危険を感じしているらしい。
菘は威巫斗、唯冬に混ざり、何を入れるか等、楽しそうに談笑していた。


「…あ、あの、白石先輩は…?」
深稜はかすかな希望を元に九一に目を向ける。
「ん?多数決の多いほうに混ざろうかな?」
「え……」

にっこりと微笑む九一。賛成派が圧倒的に多いのは誰もが解っていること。
深稜はがっくりと肩を落とした。
そしてうんうん、と頷きながら、頑張ろう、と、時雨がその肩をぽんと叩いていた。





「で、ここで活躍するのはこのお肉ー!」

談笑の中で上がったのか、家にやってきた時に持っていたあの肉を唯冬は掲げる。
威巫斗、菘、瑯、晋作からは歓声が上がっていた。
九一はそれをほのぼのと見つめ、時雨と深稜の眉間には皺が寄っていた。

「あとね、僕も色々用意してまーすっ!vv」
そう言うと瑯はがらりと押入れを開け、何やら重たそうな袋を引きずってくる。
改めて記述しておくが、ここは威巫斗の家である。
が、そんなことは今更誰も気にすること無く、再び、一同には歓声が上がっていた。



続けて、まだ主に九一がまったりと食している鍋を残し、
まだ若干中身の残っている、もう片方の鍋に、瑯は袋から取り出したさまざまな
物を放り投げていく。唯冬は持参してきた謎の肉塊を手に、キッチンへ向かい、威巫斗も後に続く。

瑯の行動を深稜は引きつった顔で目を反らせずに居、時雨は逆に顔を背けた状態で
絶対そちらを見ないようにしながらまともな鍋をつついていた。




ここでふと、晋作が切り出す。

「闇鍋って確か真っ暗な部屋でそれぞれが好きな物を入れて、混ざったのを
それぞれの皿に盛り付けて、盛られたものは絶対食べなきゃいけない、っていう
ルールじゃなかったか?」

「ふえ?そうなのー?」
菘は瑯に混ざって、目に入ったものを同じように鍋に入れながら、晋作の言葉に耳を傾けていた。
「あ、じゃあ電気消そっかー♪」
肉塊を切り分けたらしい唯冬が戻りながらそう言う。


「Σえ、それは危な…っ」
「えーなになに?深稜クンいっぱい食べたいってー?」
唯冬はにこにこと、それはもう可愛い笑顔で深稜に微笑みかけた。
瞬間深稜は固まり、それ以上は何も言えなかった。
静かに、時雨が「もう諦めろ」と言わんばかりに再び肩をたたく。


「やるなら徹底的にやりたくないかー?」
「さんせーい!」
晋作の再度の提案に、菘と瑯は両手を上げて便乗する。
「九一もいいよなー?」
「僕は、みんなに任せるよ?」
晋作の問いかけに、相変わらずマイペースに食しながら九一は答える。
その反応に深稜は静かに顔を覆った。




「え、えと…じゃあ、電気、消すね…?」
「おっけー♪」
威巫斗がスイッチの元まで行くと、ぱちり、と電気を落とす。
窓側にいた晋作、菘がそれぞれカーテンを閉めると、もう時間も遅いこともあり、
部屋の中は、かなり暗くなった。

びたんっ!
「Σはわっ!?;;」
「い、威巫斗!?」
「いふちゃん!?」
「いふくん!?」
スイッチの場所から席に着こうとした威巫斗は見事にこけたようで、
ベタな倒れた音があたりに響く。暗くて周りは見えないが、状況、声からいって
倒れたのは威巫斗であることは間違い無く、晋作、菘、唯冬の同じような声が即聞こえた。

威巫斗の一番近くにいたらしい九一がそっと手で探ると、手を引いて席につかせる。
「あ、ありがとう…」
「どういたしまして。気をつけてね?」
暗くて見えないが、声質は微笑んでいるようだった。
心配していたほかの面々も、それぞれ安堵のため息をつく。

全員が席についたのを空気で確認した瑯は、改めて発言する。



「じゃ、まだ何か入れるのあったらいれてねーっ?」

「これで最後なんだよーっ」
瑯の発言に、菘はざらざらざら、という音と共に、何か手にしていたものを入れた。
「…菘、何入れたんだ?;」
「えっとー、よく見なかったけど、瑯君の持ってた袋に入ってたやつですよ?」
「………なんだろう…;」
不振に思った時雨が静かに菘に聞くが、菘はけろっと答える。
菘の返答に、時雨はげんなりしていた。



「じゃあ僕もー♪」
ぼとんぼとん、という音が辺りに響く。

どうやら先ほど切り分けた肉塊を唯冬が投入しているらしい。
どこからか、深稜のすすり泣きが聞こえた気がした。そう、そんな気が。


「あとはー?何かあるー??」
瑯がわくわくとした声色でそう尋ねるが、すでに、明かりを消す前に、
瑯、菘あたりが諸々投入していたこともあり、大方入れたいものは入ったらしい。
その反応を見た瑯は、ぐるぐると鍋をかき混ぜた。
予想以上に色々なものを入れていたようで、その感触は重かった。





「よっし、こんなもんかにゃー?」
明かりを落とす前に、手際よく人数分集めておいた皿にそれぞれ盛り付けると、
満足そうな声を上げる瑯。
炬燵の上を使い、それぞれの前に渡ったのを声で確認すると、
誰にも見られてはいないが、満足そうに微笑んだ。


「で?これ暗いまま食べるの?」
ふと九一が尋ねる。
「って聞いた気がするけどなー」
晋作が箸を片手に持ち直しながら、反応する。

「なんか見てみたい気もするけどねー」
楽しそうな声音で言うのは唯冬。
「…いや、それはちょっと…;」
深稜は小さな声でそう言いげんなりとした。

「じゃあ、このまま食べるー?」
「そうだな。」
菘の声に晋作が頷く。結局『暗いまま自分の取り分は残さず食べる』方法でいくらしい。
一同はそれぞれ取り分けた小皿と箸を手にし、各々覚悟を決める。





『じゃ、いただきます!』



本日二度目のこの号令。

一度目とは全くことなる心情の中、各々は口に何かを乗せた箸を運んだ。











「……………うおえええぇぇぇ…っ!!!」
「…なん、だ、これ…っちょ…っぅ…っ」
真っ先に吐く姿勢に入ったのはやっぱりと言っていいのか深稜で、
続けて洗面台の方に駆け込んだのは時雨。

「…うっ」
「…ふあ、あ、甘い…っ甘いんですよ…!!!」
「Σえ!?;」
箸が折れんばかりに握り締め口元を押さえた晋作の横で、おかしな反応を見せる菘。
晋作も思わず相変わらず口元を押さえながら振り返った。

各々の反応は本当にさまざまで、
「……ああ、僕の所はなんとかいけそう…」
そうもぐもぐと口を動かしていうのは九一。
対角線上に並んでいる瑯も、ぱくぱくとその何かを口に運んでいた。
「うん!僕意外と大丈夫ーこれ♪」

「うああぁ……た、食べたことない味がする…」
と、顔を歪めながらも口を動かす唯冬の横で、無言で何かが倒れる音がする。
「………Σい、いふくん!?;;」
威巫斗は落とさないよう、懸命にその悪魔の小皿を抱えたまま倒れていた。




「えーちょっとぉ、みんな自分の分はちゃんと食べなきゃ駄目だよー?」
「あはは、確かそんな約束だったけどねぇ」

今回の鍋に至っては、ツートップに君臨した二人がそう言うが、
軽く、いや、大分カオスな空間がそこにはあった。
二人はすでに食し終わったらしく、皿を置く音が聞こえる。


「…なんかじゃらじゃら言って甘かったんだよ…?」
菘も食べ終わったらしく、皿をことりと置く。
その鍋は部分部分で、大分味が異なるらしく。
『じゃらじゃら』発言は気になるが、菘の所はどちらかというと当たりだったらしい。
その横では、無理やりにも何とか皿の中身を飲み込んだ晋作が上半身をテーブルに
突っ伏していた。横でけろりと食べ干した菘を感じたのか、頑張ったらしい。ナイスガッツ、晋作。



ふと、暗がりの中、唯冬がもぞもぞと動き出す。
手持ちの皿が、がしゃがしゃと音をたてていたが、それぞれが必死な為、
誰も気にしていなかった。


「よっし、そろそろ電気付けるー?」
何もなかったかのように、唯冬が座りなおすと、呼びかける。
「んー、食べ終わった人も多いし、まあいっかv」
「じゃあ付けるね?」

瑯が答えると、スイッチに一番近い九一が席を立ち、
ぱちり、と明かりを灯した。



「ま、ぶし………って、え?」
眩しさにゆっくり上半身を起こした晋作は、テーブルの上にある、ある異物が
横目に入り、見開いた。
次いで、視線が上がるにつれ、その異物に声も出せない人物が目に入る。
そして思わず呟いた。


「…みりょたん、凄いな…」







「………………って、なんだこりゃあああぁぁぁ!!??;;」




深稜の眼前にはてんこ盛りになったカオスな塊が。



「な、なんだ…?どうかしたか…!?」
ようやく吐き気がおさまったのか、声に驚いたのか、やっと戻ってきた時雨も、
その山盛りと、深稜を見て固まった。




「深稜クン食べ盛りなんだねーv」

そう、本日一番のいい笑顔を見せるのは唯冬で。

見れば、ほとんど手をつけていなかったはずの唯冬の皿は空になり、
隣に座る威巫斗の皿の中身も空になっていた。
「…ふ、ふぇ?あ、あれ…な、なくなって、る……??;」
威巫斗は空になった自分の皿を眺め、目をぱちくりさせている。
どうやら唯冬は、自分の皿の中身と、威巫斗の皿の中身をそっくりそのまま
深稜の皿にぶち入れたらしい。

その結果、深稜の皿の中身は、文字通りてんこ盛り、なのである。




「…ま、さか、七儀せんぱ…」
「遠慮しないで、ぜーんぶ食べていいんだからね?」

深稜の抗議さえも遮り、にこにことしながら唯冬は言う。
状況を理解したらしい、他の者たちも、立て続けに続けた。
「みりょたんたらーそんなに食べたいんだったら、最初に言えばもーっと盛ってあげたのにぃー」
「そうか、みりょたんはこういう味が好みなんだな。そうなんだなみりょたん。」
完全に弄り体制に入った瑯と晋作。

「Σな、ち、ちが…っ!!」
「ああ、そうだ」
ぽん、と九一は手をたたく。



「ルールでは、盛られたものは全部食べるんだったよね?」

にっこり。





それを見た深稜の顔は、何ともいえない、
そう、あえて言うなら、不幸そのものな顔だった。




そして、もう一人。

「……俺のは、無くなってないのか………」

時雨は自らが置いていった、席を立った時と変わらぬ中身の皿を視界に入れながら、
静かに肩を落としていた。









*・*・*



ピーンポーン。





それから約1時間後。
威巫斗宅のチャイムがいつもと変わらぬ音で鳴る。



訪れた青年は、金の髪を風に揺らしながら、
ここを示しているらしい地図を片手にその扉が開くのを待っていた。



「はいはーい」

ガチャリ。
若干小声で返事をし、そっと内側から扉を開けたのは、

「うわー、ほんに居たんがや…」
「あ、真弓ちゃんいらっしゃい!」

彼の名は宇気比真弓。
唯冬の部屋に借り物の辞書を返しにいった所、「御用の方はこちらへ云々」的な
唯冬お手製の可愛らしい手紙を発見し、ご丁寧にここまで来てしまったという。



「…まあえーか、これ…」



「う、ぇ、ぉ………!!!」
「Σ!?」
真弓は用件だけを済まそうとしていたが、ふと、室内から聞こえる異様な声を耳にした。
しかも、何となくどこかで聞いたような…

「あ、深稜クン大きい声出しちゃ駄目だよ〜みんな起きちゃう…!」
「深稜……Σああ、玖駕乃か!」
唯冬の発言に真弓は思い出したように、顔を上げた。
そして、部屋の中を覗き、驚愕することとなる。





「な、何…!?どしたんさそれ…!?;ちょ、それよかなんね!?この人数!?」

中には、一度折ってしまったのだろう、半分になった箸を片手に握り締めながら上半身を炬燵につっぷし、
ぷるぷると震えているように見える、見るからに色々な意味でやばい深稜と、
同じく炬燵につっぷしたままこちらはぴくりとも動かない時雨。
こちらに緩く手を振りながら、本を片手にまったりと読書をしていたらしい九一、
菘、晋作、瑯、威巫斗はそれぞれ半身を炬燵につっこんだまま、ぐっすりと雑魚寝をしている。




しばらくそこで呆然と眺めていた真弓に、深稜は気付いたようで。
ぴくり、と一度反応すると、ゆらり、と上半身を起こした。

「………う、………た、たすk…………」
「Σえ、………」


目線すらかみ合わないが、明らかに自分に助けを求めている深稜。
真弓はとりあえず巻き込まれた感な空気に動揺し、ちらりと、目線をずらす、と



「………なあに?」
「Σ!!」



にこにこにこにこ。

唯冬の素敵な、そう、実に素敵な笑顔が。



「……………ぅ…っ!!!;」
「………あー……;;;」
「……?」


にこにこにこにこ。





「………お邪魔しまシタ。」


パタン。






「………Σう、宇気、ぃ………!!!」
「ほら、深稜クン、あと一口!ファイトvv」
最後の逃げ道を失った深稜は絶望した。

唯冬は深稜の背中を優しくさすりつつも、いいように進めている。

「……………おかあさん、大丈夫?」
九一が、ぽん、と背を叩いたのは時雨。
その時、一瞬ぴくり、と動いたが、その後しばらく反応は無かった。
まさに辛うじて生きる屍。

そしてそれらの会話の間も、安らかな寝息は聞こえ続け。








「…すまん、玖駕乃……」

息の白さの目立つ、暗がりの帰り道。
本当に申し訳無さそうに言ったその一言も、静かに夜に消えていった。









みんなで囲った楽しいお鍋。
またこうしてみんなで囲えますように。

「………うゃ、……だいすき。」


威巫斗の寝言は、みんなへの想いだったはず。



いい夢と、  そして生還を。






おしまい。



*・*・*




以下、後書きという名の反省会。


長い作品となりましたが、ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
…何故か扱いやすい深稜を主体に書き進めてしまいましたが(笑
…というか、闇鍋になってすみまs……

そして何より、お子さんを貸して下さった皆様は本当に有難う御座いました。
皆様のお陰で、楽しく執筆出来た、と思っております。
以下、勝手ながら、個別にメッセージを書かせて頂きましたので、
該当する各キャラクター様は、もし宜しければ、目を通していって下さいませ。(笑



順序は無駄に名前登場順で(笑

晋作君>いいガッツを見せて頂きましたが、へんなもの食わせてすみません…orzお腹具合が非常に心配です…;

九一君>気がついたら決定打与える強い人になってました(笑)パシらせて…と主婦発言すみませ、ん…!(←

菘ちゃん>だきゅネタ使わせて頂きました(←)そして何気に紅一点…!華を有難う御座いました…!

時雨様>…なんだろう、この、実はものっすごくかわいそうなポジションにして本当すみません…(ぁ

唯冬君>コメントで頂いた「へんな肉」使わせて頂きました(笑)素敵に深稜を弄って下さって感謝です!(ぇ

真弓君>どうしても出してみたくて、登場させて頂きました。…と、とりあえず口調すみません…!;;
色々調べたりしてみたのですが、精一杯でした…orzこれ無いわーと思われる所はこっそり教えて頂けると…!;;

2008.2.18

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